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文章が苦手な理系の私が編集者になるまで

    たった1年で文章がうまくなる。その方法とは?(下段へ)

専攻は工学部、国語の成績は並。それでも転職して編集ライターになれたのは…

 
 私が“文章のプロ”ともいうべき編集者になりたいと思い立ったのは、最初の会社を辞めてからです。周囲の人は、その無知と無謀さにさぞ驚いたことでしょう。

 何しろ高校時代の国語の成績は、二流進学校にあって常に平均レベル。数学と物理だけは学年でトップクラスだったので、大した考えもなく工学部に進み、そしてディスプレイの世界で図面を描く毎日を送っていたのです。

 ディスプレイ業界は施工で徹夜も多く、時間的にかなり過酷です。こんなことを一生続けていくのか、と半ばあきらめながら仕事に励んでいたある昼下がりのことです。取引先に移動中の高田の馬場駅ホームに立った私は、陽光を浴びて白く光る早稲田通りをぼんやりと眺めているうちに、閃光のようなひらめきに頭を貫かれました。そうだ、会社を辞めるのだ!

 1ヵ月後、抱えていた仕事を終え、晴れ晴れと退職することができた私は、おもむろに何をやりたいのか考え始めました。こんなことができたのも、右肩上がりの高度経済成長期のお陰で、その点では恵まれた世代だったと感じています。

編集の仕事をやろうと思った理由

 編集者を目指したのには伏線があります。遠因となったのは卒論でした。大学4年の師走から3ヶ月間部屋に閉じこもって書いた卒論は、目を通していただいた先生方からは、異口同音に「文章がしっかりしている」とほめられたものです。しかし、その時はまだ自分が文章に関係する仕事をすることなど夢にも思いませんでした。ところが…

「編集なんか、向いているんじゃないの」

 ボソッともらした、同じ専攻の先輩でもある助手の言葉が時限爆弾となって、2年後の私を出版界へと駆り立てたのです。

 もちろん、それだけが理由ではありません。就職後も、仕事の合い間に書き溜めた現代詩をまとめて、手製の詩集を出したりもしていました。いま思えば赤面ものですが、詩集を出すのが格好よかった時代です。ちなみに、詩作で磨いた(?)言語感覚は、後にコピーライターとしてキャッチフレーズを考えるのに役立っています。

 ディスプレイの仕事をやめたあと、グラフィック関係のデザイン事務所にいる先輩を訪ねたりしているうちに、文章への思いがじわじわと湧き上がってくるのを止められなくなりました。

 そうだ、小さな出版社でもいいから、まずは編集の仕事をしよう!

 そう決意してからは、編集や印刷関係の本を買い込んで何度も読み返しました。そして運のいいことに1ヵ月後、満を持して受けた最初の面接をパスし、雑誌編集の仕事に就くことができました。月刊誌の内容がディスプレイと隣接する分野だったことがプラスになったようです。さらに運のいいことに、編集では新米の私が、すぐに取材記事などの文章を書かせてもらえました。

たった1年で文章がうまくなる。その方法とは?

 文章のプロには、いかにも「才能があるぞ」というような面構えの方が多いのですが、それは「業界向け」の顔です。始めから文章がうまい人なんて、この世に存在しません。それどころか、ライターの仕事をしている方の中にも、下手な文章を見かけることはよくあります。それを直すのは編集者の仕事となります。

 文章がうまくなるためには、とにもかくにも書かなければなりません。スポーツや楽器が練習しなければ上達しないのと同じです。何も書かないで「文才がない」などと言うのは、逆に自惚れているのではないかとさえ思えます。

 スポーツや楽器演奏で飯を食うには、子供の頃からの厳しい練習と、それなりの遺伝子が必要かもしれません。でも、編集者や新聞記者程度の文章のプロなら、遺伝子はまったく関係ありません。求められる資質はただ一つ、読書力です。

 その読書力についてですが、理系だった私は大学2年になるまで、教科書と雑誌以外の本をほとんど読みませんでした。小説で読んだのは芥川龍之介の短編集と志賀直哉の「暗夜行路」のみ。文章を書く以前に、文系的な思考能力が幼稚だったのです。

 そんな私がふとしたきっかけからむさぼるように本を読み始めたのは、大学2年の秋頃からです。いきなりサルトルの「嘔吐」を読んで1週間頭が変になったのを皮切りに、カミュ、カフカ、大江健三郎、安倍公房、エーリッヒ・フロム、武谷三男、柳田国男、吉本隆明…などと、次から次へと読みたい本が目の前に現れてきます。たちまち書棚は、文学、評論、社会科学関係の本で埋め尽くされ、工学部の学生とは想像もつかない部屋になってしまいました。

 いま思えば、それらの本がどれだけ理解できていたかには疑問符がつきますが、深い思想的な部分はともかく、表面上の文脈を読解する能力は卒業するまでに飛躍的に高まりました。読書では多読も大切ですが、少し背伸びをして難しい本をじっくり読むことも重要です。

 読書力がつくと、自然に自分でも書いてみたいと思うようになります。私が始めたのは「日記風のエッセイもしくは小論文」とでもいえましょうか。週に2、3回のペースで自分の体験したことをベースに、考えていることをまとめるというもので、時には芸術論や政治論にも発展しました。大学4年になってからのことですから、文章を書く者としてはかなり晩生(おくて)だったと思います。

 その後、卒論が文章修行になったことはすでに述べましたが、やみくもに書いているだけで急速に文章が上達することは期待できません。そこで、独学で文章がうまくなるための方法を一つお教えしましょう。

お気に入りの文章をノートに書き写す

 当時、やっていたのは、気に入った文章を1ページほど大学ノートに書き写すという方法です。感動して読み終えた本のどの部分を書き写そうかと考えるのも、読書の楽しみの一つとなりました。書き写した達人の文章は、あたかも自分が書いたかのように酔いしれながら、何度も読み返したものです。

 こうして私は、たった1年半の読書生活の後に始めた1年間の文章修行で、すっかり自信をつけたのです。

 なお、簡潔でわかりやすい文章をすすめる文章読本のたぐいは、一度は目を通しておいたほうがよいでしょう。そして、自分に合った小気味よいリズムの文章をめざしてください。

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